上絵付けの歴史 ~絵付けの基本~

中国から日本へ

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(参考作品:廣瀬義之作 桜文様の陶箱)

日本の窯業の源流は中国にあります。
赤絵(上絵)も同様に中国です。宋の時代に赤・黄・緑の宋彩色があり、やがて白い陶器の上に色で描かれている陶器赤絵が登場しました。
元朝末・明朝初には、青花磁器(染付磁器)の焼成技術がほぼ完成を迎えたのと同じく華やかな赤絵時期も同時に発展し、明朝体制繁栄の基、景徳鎮において、明朝の五彩赤絵として果てしない発達を見せ、後の清朝の粉彩へとつながっていきます。
やがてその製品、技術は東アジアの日本や、中近東、ヨーロッパ諸国へと展開していきました。

唐物から高麗、国焼へ

日本では室町時代を中心に桃山、江戸期まで明朝の作品は唐物として大変珍重されました。
このころは国内ではまだ窯業の発達はなく、公家、武家、社寺などの特権階級の需要で中国、朝鮮などから貿易として入って来ました。
やがて茶道の普及と共に国内の好みも変わり、唐物(中国)から始まり、高麗(朝鮮)的なものに移り和的傾向へと様式を変え、 国焼(国産)として諸国、諸領に現在にもつながる窯業の様式、技術が広がっていきました。
桃山、江戸期に入ると広く庶民社会に広まり、千利休のような人物も現れた全国に国焼窯が発達していきました。

磁器の発展

この頃、磁器赤絵は、佐賀県内有田で磁器土が発見され柿右衛門窯を代表とする有田焼が始まり、その後、京都で仁清などの京焼が陶器赤絵として発達し、北陸九谷では古九谷赤絵として伝わりました。
中でも日本における染付磁器・赤絵磁器の中心は肥前有田郷であった。
有田は大陸に近いという立地条件と鍋島藩の保護政策がその背景にあり主に三つの様式へと発達しました。
一つは中国的な意匠と絵模様を重んじた古伊万里様式、日本人の抒情感を表現した柿右衛門様式、精巧にして気品に富む色鍋島様式とそれぞれに肥前赤絵の伝統様式として継承されていきました。
又、オランダからの東印度会社の進出で国際的な接触の機会を得て、長崎出島よりヨーロッパ諸王侯、貴族に収集され、バロック、ロココ建築の王城、宮殿の装飾に使われ需要は倍増しました。
又、ヨーロッパの諸窯にも大きく影響し、ドイツマイセンの磁器完成へと結びつき、オランダをはじめイギリス、フランスの諸窯にも広く伝播されていった。

現在も続く伝統へ

現代でも柿右衛門窯は、子孫が技術を伝承し、色鍋島の今泉今右衛門窯も現在に続いています。
又九谷でも古九谷の技術を復興し、古い窯元も現在に至り、個人の作家達も活躍しています。
又、現在は、国の伝統文化伝承の目的で重要無形文化財・人間国宝の制度も出来、色絵では富本憲吉、藤本能道なども現れ、多くの作家達がその後に続き、多方面で活躍しています。

 

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白金陶芸教室では隔週で上絵付け授業を開催しております。
ご興味ある方は是非体験から。日本工芸会正会員の廣瀬義之による本格的な上絵付けが楽しめます。

上絵付け体験の流れ、様子
■料金:4,800円(初回のみ)+※作品焼成費
■制作時間:120分
■日程:毎月第1、第3土曜日
■時間:①14:00~16:00
②16:30~18:30
■制作個数:時間内いくつでも制作可能
■持ち物:無し(エプロンは無料貸出しております。)
■作品種類:お茶碗、皿、ビアカップ等
*制作は予めこちらで作った生地に絵付けしていただきます。
*絵付けのデザインはいくつかのサンプルからお選びいただくか、ご自分のデザインで絵付けも出来ます。
*使用する生地は磁器土になります。

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廣瀬義之

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